1.潰瘍の治療としての除菌
ヘリコバクタ・ピロリ(以下HPと記す)は胃に住み着いている細菌です。胃の中は強い酸性という環境のため、以前は細菌は住んでいないと考えられていました。近年になってHPが胃の中に住んでいることがわかり、潰瘍との関係が明らかになりました。潰瘍はもともと再発することが最大の問題で、除菌前は薬を飲み続けていても5年間に90%以上の高い確率で再発していました。HPを除菌することでこの確率が10%以下になることがわかり、潰瘍の治療の第一にHPの除菌が位置付けられました。
現在保険に採用されている治療法は以下のものです。
(1) プロトンポンプ抑制剤(胃の薬、PPI:オメプラゾン、オメプラール、 タケプロン、パリエット)
(2) クラリスロマイシン(抗生剤、クラリス、クラリシッド)
(3) アモキシシリン(抗生剤、パセトシン、サワシリン)
この薬を1週間服用します。これでの除菌の成功率はだいたい80%と言われていますが、近年クラリスロマイシンに抵抗性をもったHPが増加してきた関係でやや低下してきています。不成功の場合は他の治療法でもう一度除菌を行うことができますので、あまり心配はいりません。
副作用には下記のものが挙げられています。
(1) 薬剤性の過敏反応:主に皮疹:赤い小さなブツブツが全身に出る。
(2) 軟便、下痢の傾向
(3) 味覚の異常
(4) 出血性大腸炎:赤い便の下痢
1は主にアモキシシリンによるものと考えられ、過去にペニシリン系統の薬に対する過敏症のある方には投与できませんが、ない方でもHPが強い菌で薬の量が多いため、時に過敏反応があらわれることがあり、この症状です。これが起こったら中止する必要があります。中止する事で数日で消失しますが、ひどい場合やかゆみが強い場合はある種の注射(強ミノCなど)で治療します。
2は抗生剤の当然の作用というべきもので、腸管内にはたくさんの細菌がいて消化吸収に役立っていますが、これが抗生剤で死滅するためです。ひどい下痢にならなければ治療の必要はなく、服薬終了後数日で治ります。ひどい場合は乳酸菌などの整腸剤を服用していただきます。
3はクラリスロマイシンが唾液に分泌されるためといわれており、問題はありません。
4も2と同様な機序で発生しますが、発生の頻度はきわめて低いとされています。この場合は中止しないと悪くなることがありますので、服薬を中止しなければなりません。食餌の注意や服薬などの治療が必要になります。
2.胃がんの予防としての除菌
HPは胃がんの原因になることが次第に分かってきました。まだ正確な機序はわかっていませんが、HPの感染によって長い間に胃粘膜の萎縮が起こり、胃がんの発生しやすい粘膜に変わってしまうということが大きな要因といわれています。したがって、胃がんの予防をするためには胃粘膜の萎縮が起こる前に除菌する必要があります。除菌により軽度の萎縮は改善するといわれていますが、ある程度以上になると改善しません。萎縮が起こってしまうと、その段階で除菌しても胃がんの発生を完全に防ぐことはできません。
一方除菌により逆流性食道炎やある種の食道がんが増加するという説もあります。このため現在は一般的には潰瘍以外の状態では除菌は行わないことになっています。
胃がんは日本人の死亡率として最も高いものとして知られています。したがって除菌はがん対策として重要なものになることは十分考えられます。しかし日本人のHP保有率は文明国では群を抜いて高く、50歳以上の方の約半数以上がHPを有しているといわれています。この方々をすべて除菌すると膨大な費用がかかり、保険制度はこれだけでパンクしてしまいます。このためまだ保険で認められていないのです。
しかし、もし除菌をご希望でしたら、自費で行うことは可能ですが、まず内視鏡検査をお受け下さい。除菌の前に、萎縮性胃炎がどの程度起こっているか正確に知っていただくことは今後の胃がんの発生を予測する上にも大きな意味があります。 |